無倫理ののワ至上主義

歓喜の咆吼を上げる。

「ののわっ、ののわさんぅ! ふぉッ」
 興奮が噴火を起こし、頭の中を溶かち尽くちて、思考がマグマの様にどろりとはぜた。
 すべすべした肌に頬を寄せ、においを嗅ぐ。“彼女”は体を強張らせるが、俺は一向に気にしない。
腰のラインに舌をはわせ、彼女を味わう。このしょっぱさは、彼女の味なのか、俺の涙の味なのか。
「っ……、う゛ぁ~い」
 殺風景な俺の部屋に、天女のような『ののわさん』の声が響く。この声色だ。このために、俺は生きている。

 変態だと罵られても構わない。世界全てから忌み嫌われても構わない。彼女自身から嫌われてもいい。
 涙が溢れ、顔が痙攣する。
「俺は、ののワが好きだ…っ」
 ののわさんが悲しそうに俺を見つめた。

 そう。俺は、『ののワさん』のためのプロデューサーだ。
ののワさえいれば、春香なんていらなかったんだ。
だから、もう少しだけ。できることなら永遠に、俺のために歌ってくれ。俺に、夢を見させてくれ――――。


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 40センチメートルほどの背丈。赤子のような体型に、爪も指もない、なめらかな体皮。
  「う゛ぁー…い!」
 彼女、『ののワさん』に初めて出会ったのは、プロデュースするアイドルを選ぶため俺が二度目に事務所を訪れた際だった。

 菊地真をさがそうと社長室を出たところで、ヴァーイ、という甘い奇声に耳をくすぐられた。
トテトテと小さな手足を激しく動かして、俺の前に姿を現したいたずらっ子。その愛くるしい天使が、『ののワさん』だった。
走り回る“彼女”を、当時まだアイドル候補生だった天海春香が抱き上げ、恥ずかしそうに小さく礼をした。



732 :無倫理ののワ至上主義 (ののワさんSS):2012/02/06(月) 23:06:21.56 0

 飼い猫のような、美しく憂いを秘めた『ののワさん』のオーラ。惹かれるように、挨拶もそこそこ、俺は『ののワさん』に
ついて聞き出していた。初めはぎこちなかった春香も、新しいプロデューサーという身分を明かすと、ののワの臀部を
隠しながら少しずつ話してくれた。

 いつの間にか765プロダクションに住み着いた、謎のいきもの、『ののワさん』。
 どこから現れたのか、なんのためにいるのか、それがなにものなのか、誰も知らない。
只、声と顔つきがそっくりで、もともと面倒見のいい天海春香が彼女の世話をしている、と。
俺はすぐに社長室に引き返し、プロデュースするアイドルを天海春香に変更させてもらっていた。

 アイドルプロデュース業に本気で取り組む気などさらさらなかった俺は、社長から男子のように紹介さ
れた子、面倒臭くなさそうで、失敗時に言い訳が立ちそうな菊地真を選ぶつもりだった。あるいは、もし
プロデュースできるようならば、この道楽社長の下、馬が合いそうな星井美希と気楽にやりたいと考えていた。
 だがそんな俺に、社長ではないが電流が走ったのだ。真や美希以上の“同類”に出会えたのかもしれないと。

 今なら分かる。仮に真を選んでも俺は何も変わらなかっただろうし、仮に美希を選べても俺は彼女を目覚めさせ
られなかっただろう。
 だがののワさんは、じわりと滲む様に、だが一方で劇的に俺の中で大きな存在になり、俺を変えてしまったのだ。


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733 :無倫理ののワ至上主義 (ののワさんSS):2012/02/06(月) 23:06:47.10 0

 ののわの股間に顔をうずめ、本能の赴くまま舌を暴れさせる。ワの字に開いた口をふるわせて、
吐息をもらす彼女。
 高鳴る鼓動。激情に突き動かされて、俺の中央がいきり立つ。ズボンに押さえつけられて窮屈だ。
指を持たないののわには、下を脱がせてもらえないのが惜しい。今度口でチャックを開ける技術を
伝授してやろうか。俺は悔しさに震えながら、ズボンとトランクスを同時に下ろした。大人の
ペニスの登場に、ののわが目をそらす。
 違和感のあるリアクションだが、目をそらすこと自体は好いだろう。俺は満足して笑い、クリトリ
スを鼻先でいじった。

 ののわの両胸にてのひらを添えて、彼女の体のやわらかさを確認する。
「はっ……ぅぁぃ」 彼女のリボンが揺れた。
 思えば、こんなことができるようになったのも、半分は響のおかげだ。

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 春香のプロデュースを軌道に乗せ、安定させると、俺はまもなく、『ののワさん』のプロデュ
ースを社長に進言した。 「き、キミは何を言ってるんだね……?」 社長は目を丸くしたが、
「社長、これはビジネスチャンスですよ」 律子や小鳥さんを味方につけたのが大きかった。あの
適当な男も数週間はしぶったが、根負けして『ののワさん』を世に出すことを了承したのだ。
もちろん服を着せるという条件で。なにやらあれは、小鳥さんには弱いようだ。
初めは俺のことをタレント候補だと勘違いした律子。街を歩いていた俺を見初めて、社員待遇で
拾い、ある程度の自由をくれる社長。婚期に追われる小鳥さん。一度は呪ったこの容姿も、悪
いことばかりじゃない。何かをつかもうと思えば、できるのだ。美希も気が付けばいいと思う。
こうなる前に。

 無論のことだが、『ののワさん』はヒットした。あんな赤ん坊のような不思議な子が、現実に
踊っているのだ。至極、当然。宇宙人と昔のパンダと、ダンシングベビーだったか10年ほど前に
流行ったCGキャラクターを合わせたような人気と注目を浴び、ののワはアイドル街道を駆け上
がった。
 華やかな衣装に飾られて、ステージで踊り狂うののワさんには、俺の心も躍る。
 パンダや猫のきぐるみ。電飾まみれのアイドル衣装。赤子のようなおむつとおしゃぶり。
スポーティな体操服。さまざまな衣装をののワに着せ、俺はそれ以上の声援と人気で彼女を包
み込んだ。かわいいものには何を添えてもいい。美しいものは相乗効果で、醜いものは引き立て役に
なって、調和するものは違和感なく、見当違いなものはギャップで、ののワの魅力を倍増させる。
 グッズやDVDは飛ぶように売れ、春香と一緒の歌は流行し、仕事のオファーはいやになるくら
い舞い込んだ。それでも、胸を張って言える。ののワのナンバーワンファンは、いつだってプロデ
ューサーの俺だったと。
   ののワさんの付属品の春香も知名度が上がった。当時の961プロの期待の新星・我那覇響を追い
抜くほどに。そんなアイドルの形は、春香の理想のイメージと違ったようだ。しかし、俺は彼女と正
面から見つめ合い、ときに厳しい言葉で諭し、その何倍も甘い言葉を春香に与え続けた。全ては、
ののワを俺の手中に入れておくために。ののワの恋人、飼い主であるために。

「春香……たくさんの人を歌で元気にしたい、トップアイドルになりたいっていうお前の夢、
いや、俺たちの夢、『ののワ』と一緒じゃダメなのか?」「そ、そんなことないです!」
「よかった。ののワにはおまえが必要なんだ。俺にとっても」「……はいっ」 その素直な笑顔が
忘れられない。春香を捨てて、ののわをとった今でも。

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 思い出に浸り続ける俺。
「あの、プロデューサーさん……」 春香の問いかけを無視し、ののわさんだけに語りかける。

「かわいい。世界一かわいいよ…」「……う゛ぁぃ、ヴァイ!」「二人で、いろんな場所に行こう。
ヨーロッパ旅行に、温泉旅行、スキー場で、かまくらを作ろう。世界のどこにいっても、おまえより
綺麗なものなんてないだろうけど、おまえをもっと綺麗にしてくれるものは、どこかにきっとある」
 寝転がったまま、ののわを胸の上に乗せ、キスをする。俺の顔にかかる、ののわの髪と甘い吐息。
まともな人間のような手足がないとはいえ、少し重い。
 ああ。俺たちは、ベストカップルだ。まともな体を持たない女と、まともな心を持たない男。

 俺は舌先を尖らせて、彼女の鼻頭をつつく。そのまま目もとから耳にかけて舐め、右耳に吸い付いた。
「なんで、泣いているんだ」
 なだめるように彼女の体をさすってやる。全身をなで回していると、中指が尻の穴に触れた。汚いと思った。

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「ののワ、おいで、絵本を読んでやる」 俺が誘うと、彼女はチョロチョロと走り寄り、俺の
膝の上によじ登った。これで良い塩梅の高さになる。胸一杯の愛おしさを感じながら、ののワ
に読み聞かせてやる。親子みたいだと、春香がくすりと笑った。ののワは初めこそ春香と寝食を
共にし、俺には慣れなかったが、その頃になると、すっかり頼るようになってくれた。
春香の長い通勤時間中、鞄に押し込むのも忍びないと、俺の部屋に泊まることも多くなった。
初めてののワさんが俺の部屋で寝たとき、俺は響と寝たときよりも、胸が高まった。

 そうだ。いくら『ののワ』が大衆の羨望の的になろうと、他人には渡さない。ののワは俺のもので
あればよかったのだ。初めは興味半分だった、ののワさんのアイドルプロデュースは、いつしか俺の
愛するののワの価値を高めるための“ゲーム”になっていた。マスコミや各業界のプロたちの過剰な
干渉を断り、俺と春香でののワさんを独占して、秘密のベールで覆った。俺は、人に渡さないために。
春香はたぶん自分の分身を隅々まで見られることを恥じらっていたために。
 そんな俺のプロデュースにはデメリットもあったが、総合的には成功を収め、ブーム初期のインパクト
が過ぎても、ののワは忘れ去られることはなかった。なにしろののワは、かわいく生まれたというだけ
でなく、ダンスの天賦の才も与えられていたのだ。さらに練習への真面目さと前向きさも持っていた。
ののワは、キレのいいダンスで、大衆人気を確固たるものにしていた。



 春香のほうは、当初歌が下手だったため、元気さと素人芸風で売らざるを得なかった。だが、時間を
かけてあの子も誠実にレッスンをこなし、なんとか金をもらって遜色のないラインには押し上げられた。
そんな程度だったので当然、後に961プロの響という壁にぶつかるのだが、ともかくののワ・春香の
ユニットは、一過性の見世物を超えた、確かな人気をつかみ取ったのだ。

 彼女たちの輝きに、たまに俺は、嫉ましさも感じていた。俺の中の歪んだ愛情が膨れ上がった。
その頃には、俺もすっかりののワさんたちの虜にさせられていた。

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 夢から覚めて、俺の上に重なるののわを、改めて抱擁する。
 俺は眠っていたらしい。
「春香……ののわ」「ののわ……」「ののわ……!」
 心地よいまどろみの中で、彼女の名前を連呼する。彼女はヴァイ、と舌足らずに応えてくれる。
彼女はここにいるのだ。もう二度と失ってなるものか。目を離すものか。俺はののわの華奢な
体を、思い切り抱きしめた。殺さんばかり腕に力を込めて。ののわは頑丈だから大丈夫。
何度転んでも問題ないくらい。ののわが、ヴァ、ヴァ……と息を吐く。

「ぷ、プロデューサーさんっ、やめてくださいよ」
 うるさい。春香は出てくるな。黙ってろ。このまま、いつまでも眠らせろ。

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 社長の件の呼び出しから帰ったあの日、俺は特別に苛立っていた。何があったかは思い出し
たくもない。だが、分かって入社したことだ。権力者が、そこらで拾ってきた愛人に、社内の
そこそこの地位やマンションや車を与えて、自由にさせて飼う。反吐が出るくらい定番だ。
昼間からぶらぶらしてる捨て犬の俺をみて「ピーンと来た」という社長。南の国で買春してる
男達と同じ。こんな風にして愛を与えたつもりでいるのだ。
 それで当初俺は、小鳥さんのことも、俺と同類・恐らくは芸能人崩れかなにかの、『籠の中
の小鳥』だろうと思っていた。だから近づいた。心許した。だが、聞いてみるとどこか違うらしい。
どうして俺ばかり……そんな孤独が、俺をますます春香とののワさんへと向けさせた。


 世の中の人間を、飼う側と飼われる側に分けるとしたら、俺は飼う側になりたい。エゴイストの
気まぐれに傷つけられるのはたくさんだ。なのに、世の中にはアイドルという、飼われる側になりた
がる少女が腐るほどいる。そんな彼女たちを理解してみたくて、飼う側の立場になりたくて、この仕事
に就いた。そしてののワさんと春香をヒットさせた気になって、いい気になった。だが、現実は惨めなものだ。

 傷心は、春香も同じだった。ついに攻勢に出た961プロの妨害と、ライバルたちの嫉妬が重なった
らしい。事務所のアイドル仲間にも何か言われたようだ。下らない。俺は思った。春香に限らず、765
プロの、この子たちの悲しみは、点数プラス百を期待していたら、プラス七十だったときの悲しみだ。
マイナス百や千の悲しみを知らない。
 ふと、魔が差した。この希望に溢れた少女に、俺の絶望を少し分けてやろうか。


 俺は春香とののワさんを誘い、飼い主としての同志の部屋を訪れた。


「すごいぞっ、765プロ、本当にののワさんを連れてきてくたのか」
「あぁ、響なら信頼できるからな。彼女も、新しい友達を欲しがってることだし」
「ヴァーイ!」 「そうかそうか、じゃあ自分の家族を紹介するさー。ちょっとコワモテも
いるけど、心配いらないぞ」

 響に手を引かれて、小さな動物王国の奥に歩いて消えたののワ。

「なんだか、不思議ですねっ。ののワさんが、765プロのみんな以外に懐いちゃうなんて」
「あぁ。響は、俺たちと同じなのかもな」

 ののワは我那覇響に預けた。フリーになった俺は、春香を自分の部屋に連れ込んで…………早速犯した。

「どうして……プロデューサーさん…?」 俺の下で、春香が目を潤ませた。少女の中に入りながら、
俺はその髪をすくう。「春香を、愛して、たまらないから」 嘘をついたつもりだった。
でも、後から考えれば本心だ。
 春香に。愛するののワの“母”に、俺と同じ絶望を味わって、俺を理解してほしかったんだ。
転んだ腹いせにママをポカポカ叩く幼児と同じ。いい大人が、とんだ甘えん坊の屑だった。
だがお蔭で、そのときやっと、なぜ自分が、ののワさんに恋をしたか理解した。
俺の精神的な年齢は、ののワさんと同じだったんだ。子供だから、同じ子供に惚れたんだ。

 そして、そんな欠陥人間すらも、やさしく包み込む優しさを、天海春香は持っていた。

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「入れるぞ」 「……っ」

 ののわを正常位で抑え付け、俺はまっすぐに彼女に侵入した。
 彼女の股ぐらに、男性自身がずるりと飲み込まれる。ののワさん本来の神秘性とは
かけ離れた、汚らわしい器官だが、俺の汚らわしい肉欲をぶつけるには丁度いい。

「春香、ありがとな」
 もういなくなった天海春香に俺は礼を言った。彼女が挫折してくれたおかげだ。
俺にレイプされても折れなかった彼女の心。だが、その幼さゆえに、我那覇響、
961プロという壁を前に、運良く倒れてくれた。そのおかげだ。
だから俺は、春香と引き替えにののわを取り戻せたんだ。

「はいっ、プロデューサーさんっ」 春香の返事。好きな子との逢瀬を、母親に
邪魔されたかのように、俺は不機嫌になった。だから。出てこなくていいんだよ。
俺とののわの、邪魔をするな。

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 俺に初めてを汚されたときも、春香は、大事なものは失わなかった。

 アイドル……そんなのに憧れるのは、無知な女の子達と、俺のように現実に
潰されて何かを崇拝したがるようになった男達くらい。素人に毛が生えたレベルの
歌やダンスを恥ずかしげもなく見せびらかして、見る目もないホレっぽい連中から金を
まきあげる下らない商売だ。そんなもののピラミッドの頂点を、なぜ目指すのか。
そんなサバイバルレースになぜ本気になれるのか……

「プロデューサーさん……また私、演技の幅が増えちゃいましたね」 俺に犯されてなお、
ポジティブに笑った春香。俺はますます甘えて、知った。こんな風に俺を甘えさせてく
れたこと。太陽のように、たとえ唾を吐き付けられても、変わることなく誰かを照らし続ける
こと。それが答えだったのだ。
 もう興味半分でも、ゲーム感覚でもない。春香とののワに尽くすのは、俺の人生そのものになった。
 
 ののワさんがふらふらと歩いて、春香のもってきたパンフレットの上に乗り、軽く
ジャンプして行きたい意思をアピールする。
「すまないな、スケジュールの都合で、旅行には行けないんだ」
「う゛ぁーい……」
「お前も俺も同じだな。飼われてるだけだ。……いつか、自由になろうな」
 俺は恋人に微笑みかけた。この子の神秘性が、俺に恋をさせ続ける。

 いくらお芝居の世界や、仕事の合間に、理想や夢、美辞麗句を並べ立てても、
実際は、会社の方針に逆らう力すらない飼い犬。俺もののワも、響も、春香も同じだ。
 実力、則ち歌も踊りも演技も顔もスタイルも上のやつはいくらでもいて、けれども
売る奴にとって都合がいいから使われる。黒井や社長みたいな連中の掌の上で。
 でも俺は、そんなアイドルに尽くすことに、本気になった。決心が固まった。

 もともと社長が俺と響の接触を勧めたのは、黒井から響を守ろうという意図があった
らしい。本当におめでたい、自己陶酔の権化だ。だが生憎、俺にとってはののワと春香を
守ることが最優先になった。だから、やられる前にやる。黒井社長が、どんな手を使って
でもアイドル天海春香・ののワを潰そうとしているのを知ってしまった。だから俺は、
ののワと春香を守るために、響を潰さざるを得なかった。しょうがない。トップアイドル
になるのが春香の夢だったのに、響のほうが実力は上だったから。

 『飼われる飼い主』同士、心の友といえる響を売って、俺は恋人と母親を守った。つもりだった。


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 マンションの前で、あいつは待ち伏せしていた。
 適当な言い訳をしてからはずっと電話連絡を拒否してたので、わざわざ俺の家までやってきたらしい。
「裏切ったなぁ!」 第一声がこれだ。言葉だけで通じるというのに、涙ぐみながら雑誌のページを
開いて突きつけてくる。我那覇響。こいつのスキャンダル記事だ。俺と一緒の“デート”現場を、
俺が根回ししたパパラッチに撮らせたもの。こちらの顔は黒塗りしてある。

「本当にすまない。でも、響だって覚悟してただろう」 事実関係は会社に知らされたのだろう。だが、
嘘だらけの芸能界、961プロという大きな後ろ盾を失ったこいつには、既に『何が本当か』を見抜く力はない。
俺が白を切るだけで、容易く真実を見失う。「っ……! もう、トップは無理さ…」 響は、やるせなさそうに
拳を握りしめていた。黒井が響を捨てたというのは、そういうことだ。あの男は社長と過去に何か
あって、トップになれる人材しか欲していないらしい。どいつもこいつも理想主義者。
まともなのは、ののワさんと俺だけだ。

 俺が残念そうにしているのを見て、響は日食の太陽のような暗さを見せた。
「それだけか…? ひどいぞ、やっぱり……765プロは変態の最低だったんだな!」
 分かっていたのに騙される、すさまじい阿呆が泣いていた。そもそも何が目的で俺を問いつめたのだろう。
図々しいことを考えたのか。アイドルなんかやってるくせに、見た目やそとづらに流されて騙された女。
自分もクールキャラを作って売っていたくせに、自分は動物の言葉が分かるなどとふざけた嘘で
俺に接していたくせに、兄のような俺の外見に惑わされるなど、まるで詐欺にひっかかる詐欺師だ。
俺の家族は、ののワさんと春香だけでよかった。

 でも、優しい春香は、お母さんのような春香は、響がこうなっただけで傷ついてしまった。
 IFの世界を考える。もし、『ののワさん』と春香ではなく、響や他の誰かのプロデューサーになれて
いたら、俺はこんな人間にはなっていなかっただろうな、と。
 ののワさんが魅力的過ぎるから、きちがいか何かになったんだ。歯車が狂ったんだ。

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 後ろから俺は、ののわを激しく突いた。娘や母親を犯すような背徳が心の臓を
抉る。アイドル『休業中』の、ののわさんには何時も裸でいてもらっていた。
これが正しい『ののワさん』の姿だからだ。彼女は服を着るのを嫌がっていて、
俺の家ではだいたい裸だった。今でもあの愛くるしい裸体を思い出す度、胸がくすぐられる。
余分なものはなにもない、すべすべしたシンプルな体。生物の呪縛から逃れた存在。

 偶像だ。ののワさんは、まさに偶像・アイドルだった。だから俺は、春香を、
ののワさんという偶像に近づけようとした。

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 そして忌まわしいあの日。

 俺が軽く笑い飛ばしてやっても、春香は本気でしょぼくれていた。
「あんなところで転ぶなんて、春香、ほんとにだめだなぁ」 「でも、だめだからがんばるんだろ」
「IU、近いぞ。やれる限りやろう」 我那覇響のイメージが大幅ダウンし、優勝候補最右翼では
なくなった今、俺たちの勝利は目前であった。だから、俺は気が抜けていたんだ。

 春香が転んで足をひねったため、ついていてやった、ほんの十数分、いや、数分のことだった。

 その隙に、ののワさんは、スタジオから煙のように消えてしまったのだ。
 スタジオの隅々まで探した。迷子ではなかった。だが誘拐にしたっておかしい。現場にはごく一部
の業界関係者しかいなかったはずだ。いくら待っても身代金の要求はないし、誰かが金のために
利用している噂も立たない。高木社長も、黒井は誘拐にまで手を染める人間ではないはずと言っていた。
本当に、消失してしまったとしか思えない。

 冷や水をかけられたようだった。いや、極寒の宇宙にでも放り込まれたようだった。
 いつの間にか事務所にいた『ののワさん』、本来いないはずのいきもの、『ののワさん』、
だから同じように、いつの間にかいなくなることも、あるのではないか。ののワさんは、
春香をトップアイドルに導くために降臨した天使のようなもので、その役目を果たしたと、
いなくなったとして、おかしくないのではないか。

 恋人に先立たれたような失意と、ののワさんを探すことを何より優先したい意思から、
俺はプロデュースを休業した。春香も心配と挫折感から、それに文句は言わなかった。
仕事に手がつかなかった。もともと彼女は、響の歌やダンスに敗北感を抱いていた、俺の
支えが無くなったため、そのまま春香の理想も倒れてしまったのだ。

「私の歌より、響ちゃんの歌のほうが、ずーっと、みんなを楽しませて、元気にできるんです……」

 あの春香も、こんなことを言うんだな……。俺は他人事のように聞き流した。

「だったら、これ以上、私がアイドル続ける意味、ありませんよ。続けても、つらいだけですから」

 ののワ・春香のユニットは、メンバーの行方不明を機に活動休止。

 だが俺は、春香の事などかまっていられなかった。失意に溺れ、ののワを探して東奔西走した。
春香にはセルフレッスンばかりをさせて。


 絶望の一ヶ月だった。それだけレッスン漬けになっても尚、我那覇響は超えられない
ことを知った春香。探し続けて、ののワさん禁断症状を起こした俺。

「春香、お前のせいだ」 気づけば俺は、憎らしげに春香を見下ろしていた。
「ごめんなさい……」   ジャージ姿で座り込み、顔も上げられない春香。
「お前が転びなんかしなかったら、お前が怪我なんかしなかったら、俺は絶対ののワから目を離さなかったのに」
「ごめんなさいっ、ごめんなさい…プロデューサーさんっ」
「お前のせいで、ののワは、いなくなったんだ」


「……春香、お前は事故に遭うんだ」

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 こうして、天海春香は、ののワさんもどき、『ののわさん』になった。

 肘から先と、膝から先を切り落とし、ののワのような体型になった春香。
元・天海春香。この不思議生物が今の俺の恋人だ。切断部はまだ包帯がとれない
が、いずれののワさんのようなキュートな手足を見せてくれるだろう。


 ずいぶん苦労した。リスクも犯した。だが、人生を賭けるだけの価値は十二分にあった。

 光を失った春香の瞳は、奇しくもののワさんの瞳と似ていて、夢を捨てて、
引きつったように笑うワの字の春香の口は、ののワさんの笑顔と似ていて、
春香の声真似は、ののワさんそのもので。
 俺は心ゆくまで、ののわさん、偽ののワを愛した。
トイレの世話も苦にならなかった。歯磨きも耳掃除も、食事も風呂もなにもかも
喜んでやった。春香を、俺だけの偶像にできたのだ。俺の、ののわさんに。


 俺は、ののワさんに出来なかったことを、春香に、ののわに、全部やった。

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 その日、三度目に達した時だ。夢現にとろけた視界の中、『ののわ』の向こうに、
俺は『ののワ』が立っている見た。この贋物と違って、肩幅も胴体も小さく、性器も
乳房も持たないののワさん。春香よりも美しいののワさん。人形のようなイキモノ。
幻でもいい、俺は手を伸ばして、彼女に触れた。

 触れられた。信じられない。だが、確かに実在している。停止する時間。
ののワさんが、ヴァーイと、片手を上げて挨拶をしてくれた。

「…ののワ! 本当にののワさんなのか! 帰ってきてくれたのか」
 心が跳ね上がった。『ののわ』……否、もうそんな風に考えなくていい、春香を乗り
越えて、俺はののワさんを抱きしめる。この体温。この肌触り。この軽さ。このにおい。
本物だ。玄関の鍵は閉めていたから、おそらく窓から入ってきたのだろう。神出鬼没の
彼女は、これくらいやっていた。

「ごめんな、さみしかったか、怖かったか、もうアイドルなんて無理させないから。
 ののワ、ずっと一緒にいよう」
 彼女も細い腕で抱きしめ返してくれる。ののワさんも、俺を好きでいてくれのだ。
希望の光が、俺の胸の澱みを一掃する。俺は号泣していた。

「春香。ののワごっこはもういいよ。あんがと」 俺は、白く汚れた春香に礼を言った。
「本物が帰ってきてくれたからさ」
 春香は演技でなく、本気で唖然とし、混乱し、ののワっとした顔をする。
みるみる顔が青くなる春香。本物のののワさんがいてくれるのだから、似せただけの
『偶像』はそんなに必要ないと、
愛する男のため手足を捨てたというのに、捨てられたのだ。
悪いが何だか笑えた。

 春香が人語をしゃべりかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。この声は、我那覇響。

「ののワー! 自分が悪かった、戻ってこーいっ!」

「響ちゃん?」  春香が反応した。今の春香は、響の歌と踊りのファンなのだ。
 俺は春香に布団をかけ、ののワさんを抱きしめながら玄関に向かう。ののワの飼い主の
ような口ぶりの響。またののワさんに消えられても困るし、響からとにかく話を聞き出したい。
返答次第では、ただではおかない。俺が少し玄関を開ける。響の姿を見ると、俺の手をする
りと抜けて、トッテテと部屋の奥に行ってしまうののワさん。「あっ!」 響がそれを追いかけ、
靴を脱ぎ散らかして部屋に上がり込んだ。ののワさんのほうが、よっぽど行儀がいい。

 響は、ののワさんを捕まえて抱くと、庇うように俺から隠す。
「765プロの、変態プロデューサー、……全部聞いたんだからなっ」
「ん? 久しぶりだってのに、ずいぶんだな響。ははっ。……ののワさんをこっちに渡せ」
「だめだ! またエッチなことする気だろ? ちゃんと謝って、それで、もう絶対ののワさんにあんなことさせないぞ!」
 笑みが失せた。
「なんでそれが分かるんだ?」 なぜ、響は俺とののワが、求め合ったことを知っている?
「だから、全部ののワさんから聞いたんだ。765プロが何やってるか。それで自分が、ののワさんを
助けなきゃって」 俺は響に迫り、彼女の両肩を掴んだ。「お前、動物と話ができると言ってたな」 「そうさー」
 こんな状況だというのに、誇らしげな彼女。 「ののワさんとも?」 「話せるぞ!」 「それで……」
「そうだ、だから自分、ののワさんと話して全部お見通しだからな!」 俺を指さしてくる響。

 響いわく、スタジオでののワと話していたとき、ふとした拍子で、ののワが俺に性的に抱かれている
ことを聞き出してしまったらしい。そして、この変態から助けてやらなければならない、自分と同じ、被害
者を出してはならないと、気づけば頭が真っ白になって連れて逃げていたというのだ。そして、ののワさん
には嘘を言い聞かせて、ずっと隠匿していたという。その善意の緊急回避の裏には、復讐と嫉妬があったの
かもしれない。
 だが兎も角、ついにののワは、響の下を離れ、自力で俺たちの家に帰ってきてしまった、というわけだ。

 信じられなかった。響が、動物やののワさんと会話できるなんて。だが、現にこうやって、
俺とののワさんしか知らないはずの秘密を、次から次へといい当てている。本物だ。実在するのだ、
ののワと話せる人間が。
 俺は響の全身を見る。黒い髪。日焼けした肌。小さな体。
 こいつが、欲しい。この翻訳機。
 春香のように、俺だけのものにして、俺だけのために『使用』したい。
「あのぅ」 俺と響、互いに、ののワさんと相手の出方に全神経を集中していたため、ついつい春香を
蚊帳の外に置いていた。響は「なんだ春香?」と彼女の姿を一瞥して、そして俺に視線を戻した後、
ギョッとしたように二度見する。戦慄が走ったようだ。

「っ!」 左手で布団を剥ぐ。

「……春香……なのか?」 「あはは、おはようございます」 照れ隠しの空笑い。
しかし、こんな惨めな姿でへらへら笑っているのは、気をやってしまったようにしか見えない。
ショックでののワさんを地面に落とす響。この野郎。響は、春香を食い入るように見つめたまま、腰を抜かす。
失禁でもしそうな表情だ。
 そういえば、ののワに夢中になって、すっかり隠すのを忘れていた。
 俺のベッドには、手足を切断された春香が横たわっていたのだ。

「見たな?」
「ひっ」

 響と春香はさらなる絶望を、俺はさらなる幸福を、確信していた。ののワさんだけが、いつもどおりに笑っていた。


 ~Happy End~



  • 最終更新:2012-05-10 22:33:06

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